
【プロフィール】
1994年にNHKに入局し、「ワーキングプア〜働いても働いても豊かになれない〜」(2006)や「無縁社会〜3万2千人の衝撃〜」(2010)の番組ディレクターとして企画、制作を担当。
■ワーキングプアからハウジングプアへ
私は2006年にNHKスペシャル「ワーキングプア」を制作しました。若者の非正規労働の実態や不安定な収入による非婚化といった様々な弊害を番組で紹介し、私自身ワーキングプアをなんとか解決へつなげたいと思って発信してきました。
しかし、その後も社会は良くなるどころかどんどん悪くなり、特に2008年のリーマンショックによる世界同時不況に日本中がみまわれて、多くの失業者が一時に生まれました。この時点までワーキングプアの人たちは、仕事はまだあったわけですが、仕事もなくなり収入の糧が生活保護しかなく、受けられなければ、路上生活しかないという、まさにワーキングプアからハウジングプアという命にかかわる問題に発展してしまいました。
その中で、2008年の年末に50代の男性の方に出会いました。50歳で派遣の仕事を失ったその男性は、派遣会社に寮として与えられていたアパートを追い出され、半月余り、サウナやカプセルホテルを転々としながら仕事を探し歩いていました。しかし、仕事は見つからず、路上生活に陥って疲れ果てた末、大晦日に日比谷の年越し派遣村(*1)にたどりつきました。
特殊な人かなと思うかもしれませんが、その方は青山学院大学卒で食品メーカーの正社員として働いていて、奥さんもお子さんもいたのです。それがバブル崩壊と商社がグローバル競争の中で淘汰されていく中で、40代初めリストラに合った途端に家族関係もうまくいかなくなり奥さんとは離婚。再就職もできず、結局見つけた仕事は日雇いの引っ越しの手伝いと工場の清掃だけだったそうです。
仕事を失うことは、今は誰にでも起こりうることですが、仕事という一つの縁を失ったことで一気に家族や地域とのつながりも失っていくことを知りました。
彼は1月3日派遣村から姿を消しました。自分は元気だから生活保護に頼りたくないと言って新宿の高田馬場にある戸山公園に戻って行かれたのです。私は気になったので、戸山公園に毎日取材で通い続けました。
男性は朝起きると、ゴミ箱から拾ったスポーツ新聞の求人欄を見て、公園で拾った10円玉でかたっぱしから電話をかけ、面接をしてくれるところがあれば歩いて面接を受けに行く。そういう就職活動を繰り返していました。食事は派遣村を出るときにもらったふりかけをなめながら水を飲むという生活をされていました。
2月のある日に公園に帰ってこない夜がありました。たまたまだと思って、その日は気にせず帰ったのですが、次の日もいない、どうしたんだろうと思い、炊き出しを行っている池袋のNPOのスープの会にも相談しました。しかし「板垣さん、もう探しても無駄ですから探さなくてもいいですよ。きっとどこかで野たれ死んでいますよ。そういう方は行旅死亡人(*2)として無縁仏になってしまうので探しようがないんですよ」と言われたのです。
行旅死亡人が国の発行する官報に毎日掲載されているものだとその時初めて知りました。インターネットで誰でも見られるものなのですが、上水槽に浮いていたへその緒がついた赤ん坊や、ビルの屋上でスーツケースに詰められ捨てられたおじいさんの遺体、アパートの一室で自殺した若い男女の遺体などは全部身元不明の無縁仏で処理されてしまうのです。本当にどうなっているのだと私は怒りを覚えました。
人は生まれる時、誰かを喜ばせて、誰かに愛されて育つものですよね。それなのに死ぬ時に、生きていても死んでいても関係ないような扱いをされる人がいる。それほど人と人とのつながりが薄れてきています。そこから無縁社会の企画につながっていきました。この無縁社会という言葉は私とプロデューサーの間で、ワーキングプアの次の番組のサブテーマを何にするか打ち合わせしている時にできた造語です。最初は、どちらかと言えば低所得の人が無縁なのではないかと思いで取材はスタートしたのですが、取材してすぐに、人と人とのつながりが薄れているというのは一部の人の問題ではないとわかりました。
■無縁死の待つ未来
親族関係が希薄になり、血縁があっても引き取らないという無縁死が現在、非常に増えています。およそ20年後の2030年女性に4人に1人、男性に3人に1人が一生結婚しない時代を迎え、非婚の時代が来ると言われています。
一人暮らしは人に気を使わず楽なので、非婚を選ぶ人がものすごく増えているのです。私はそれを否定しませんし、時代の変化だと感じます。ただ、一人で生きていくことは、自立できる若い間は、自由で何の問題もないのですが、例えば定年退職で仕事を失ったり、体を壊して外に出られなくなったりして「弱者」になると非常に大変なのも事実です。
一人で生きていくライフスタイルを選択できる自由と、一人で生きていけなくなってしまった人たちをどう救うかという問題をどう両立させていけばいいのでしょうか。
私自身無縁社会という問題を告発していながら、その状況を変えていけないということに忸怩たる想いを抱えながら第二弾の番組制作にとりかかっています。
ですから皆さんにも解決の道筋も考えていてほしいと思っています。
■第4の縁は?
皆さんに質問ですが、血縁、地縁、社縁(学校)という大きく3つの縁があるとすれば、人間にとって大事な縁とは何だと思いますか?
「血縁」(家族)とストレートに言える方はおそらく家族に恵まれている方です。しかし、家族という特定の個人とのつながりは、その特定の個人と切れたら縁が崩れ去ってしまいます。
家族の縁はかけがえがないけれど、同時にとてももろい縁でもあるのです。家族の中で一人になったとしても、それでも社会とつながりを持ちえるにはどうすれば良いのでしょうか?無縁社会を乗り越える人と人とのつながりとは何でしょう。
私はそれをずっと考え続けているのです。繋がりを作る上で、インターネットは非常に重要なツールです。しかし、ネットは匿名性ゆえに暴力的な部分もあります。
■私たちが無縁社会を選択した
ただ、無縁社会を昔のような有縁社会に戻すということは無理な話です。無縁社会は言わば歴史の必然であり、自由を勝ち取るプロセスを経て結果として生まれたものでもあるのです。そして、強く元気な人は自由でよいけど、弱っている人も多くが一人で生きていかなければならない時代になってしまいました。現在の社会保障制度は、困っている側からSOSを発しないと助け
てもらえない仕組みになっています。
では、SOSを発することができない人はどうすればいいのでしょうか?現在、「人に迷惑をかけてはいけない」という考えから、SOSを発することをためらう人が増えています。
私は、誰かSOSに気付いた人がおせっかいを焼いてあげるしか方法がないと思います。どうすればおせっかい焼けるのか、その仕組みや場を考えなければいけません。
ただ、今は自分のことだけで精一杯な人が多すぎます。他人に勝ちなさいという環境で育ったため他人のことを構おうと思えない傾向があります。このような人々の意識が変わることが必要だと思います。政策や制度だけではなく、小さなことでもいいので自分なら何ができるのか、無理をしない身の丈に合ったおせっかいが求められています。
■仕事の中での縁を大切に
私は、正規や非正規雇用という働き方の違いよりも、仕事をしている中で自分のやりがいや、成長の方が大事だと思います。意外と今の20代には仕事はお金のためだけであり、つながりとは思えないという方が大変多いです。つながりは仕事よりも、家に帰ってネットしている方が楽しいと。
もちろんそれは全然構わないのですが、仕事をする中で「役に立てている」「必要とされている」という充実感や達成感を持つことも大切だと思います。
物は考えようで仕事の中で些細な楽しみをみつけて、自分で自分に刺激を与えることで仕事が大事なつながりになると思うんですね。
特に無縁社会第二弾の取材で、自殺未遂者の若者のお話を聞いていると、「自分は仕事で役に立ってない」と感じている人が多いです。20代の方にとって、もろくなっている仕事というつながりは大事にしていけば育っていく強い縁だと思っています。
*1 年越し派遣村…複数のNPO及び労働組合によって組織された実行委員会が、派遣切りによる失業者への緊急対策として2008
年12月31日から2009年1月5日まで東京都千代田区の日比谷公園に開設した、一種の避難所である。
*2 行旅死亡人…本人の身元が判明せず、かつ遺体の引き取り手が存在しない死者を指す。国が発行する官報に詳細に掲載される。行旅死亡人となると地方自治体が遺体を火葬し遺骨として保存、官報の公告で引き取り手を待つ事となる。なお、本人の身元が判明した場合でも、「死体の埋葬又は火葬を行う者がないとき又は判明しないとき」は、行旅死亡人の扱いになる。