手塚 真輝さん(夜鳥の界代表)

【プロフィール】

 ホスト、経営者。埼玉県出身。中央大学理工学部中退。
 大学中退後、歌舞伎町のホストクラブで働き始める。入店から一年後、同店のナンバーワンとなる。
 2003 年に独立、歌舞伎町で夜のロハスをテーマにしたホストクラブ「Smappa!」「Smappa!morning」、「APiTS -a place in the sun-」、カクテルバー「BRIAN BAR G」、「B.B.B.」「みなみ」の6 店舗を経営している。役職はキャプテン。
 頼朝らとともにホストのボランティア団体「夜鳥の界」を中心となって立ち上げ、「僕たちにできること」をテーマにホスト独自の社会的貢献を目指し、定期的に深夜の街頭清
掃活動を行う。また、2007 年11 月18 日「家族の日」には家族への感謝の想いを伝える手紙投稿サイト「ラフレター」を立ち上げた。渋谷区議ハセベケン氏が立ち上げた清掃ボランティア団体グリーンバードの歌舞伎町チームでも、中心的な役割を務める。

なぜ歌舞伎町にての清掃ボランティアを始めたのですか?―

 まず、お金がかからないからです。うちのスタッフたちにも、僕が新潟で感じた卑屈な気持ちを払拭するような思いを感じてもらうという選択肢の1つに、お金がかからない「ゴミ拾い」がありました。
 少し頭が大きくなってしまうかもですが、基本僕が新潟で感じたことをスタッフたちにも感じてもらいたいというのが夜鳥の界を始めるきっかけでした。
 ですので、社会のためとか街のためとかではなく、僕らのボランティアは自分たちのためなんです。
それまでは自分も含め、仲間も含め、自分の居場所である新宿・歌舞伎町を卑下していました。自分が変わることで、自分を受け入れるように街を受け入れられるようになりました。そうすると、自然と少しでありますが感謝が生まれるようになったんです。
 今までは、街に興味はなく、街の様子なんて見たことがありませんでした。
 新潟に行ったことをきっかけに自身が変わることによって、景色の見方が変わりました。
 居場所が変わったわけではありませんが、見方が変わることによって景色が変わると思います。

夜鳥の界をやっていく上で苦労したことはありますか?―

 人を動かす上で、夜鳥の界に対する「意図」の説明が一番難しかったです。
 本当の意図としてはホストだからと言って自分を諦めるのではなく、自分を受け入れ卑屈にならないことが目的でしたが、そんな話をしても人はやらないと思います。なので、意図は言わなくてもOKだと考えました。
 なので、夜鳥の界をやれば「目立つから」と伝えていました。当時従業員が少ない店ということもあって、お金のかからない宣伝が出来るのだ、そうすれば目立つのだと説明しました。ですから、皆は目立つと思ってやっていました。メディアに取り上げられなかったら、一度や二度で終わってしまったかもしれませんが、それをメディアに取り上げられ、露出する機会が増えると続けることが出来ます。また、行動に人からの反応があると、ひとりひとりの意図が変わるのだと思います。
 また、「欲」をしっかりぶら下げないと駄目だと思います。自分のため、店のための一つの手段が僕にとってはゴミ拾いでした。自分たちに欠けているものである、自分を見下してしまう心をなくす手段が社会貢献であっただけです。普通の人が働きながら行う社会貢献とは目的と意図が違うと思います。大きく考えると自分を含め、お店やお店のスタッフに対して教育の一環の意味もありました。
 僕らが1つのゴミを拾っても、街はそんなに綺麗にならないと思います。
 ですが、ゴミ拾いをしたことがメディアに取り上げられることによって、「ホストが拾っているからゴミを捨ててやろう」という人よりも「ホストが拾う位汚いのだからゴミをすてないようにしよう」と思う人の方が多いと思います。
 メディアに取り上げられて知ってもらうことは、黙ってゴミを拾うよりも意味のある社会貢献になると考えられます。

ホストのイメージは世間では決してよくありませんが、どうお考えですか?―

 ホストだからで、悪い・良い、の線引きは難しいです。
 ただ、ホストの世界に入る子は、両親の思う大学を出て社会人になってほしいというレールから外れたという意味では「悪」なのかもしれないと思います。
 しかし、そこに所属することよりも、所属しているからと心が荒むことの方が問題です。
 一回世間から外れた人は、箍が外れているので悪いことがやれてしまう段階の人がこの世界に入っていると思います。

手塚さんはどんな大学生でしたか?―

 大学は殆ど行っておらず、一か月で辞めました。
 高校はとても自由な男子高でしたし、部活や予備校などの場により、高校生の時に大学生のような生活をしていたので、それに満足していました。
 なので、働きたい気持ちがとても強かったんです。
 当時は今のように起業がメジャーではなく、学生時代にやりたいイメージが膨らむ前に大学を辞めてしまいました。
 僕は高校時代にラグビーに夢中でしたが、ラグビーをやっていて良かったのは自分以外を認められるようになったことです。差別なく他人を受け入れられるようになりました。
 ラグビーは個人個人の長所を生かすので、人と自分を比べることは出来ないと思います。
 この点は会社と一緒であり、会社でも部署が違う人とは比べられません。
 ですが、皆「勝つ」という共通の目的のために戦っているということを知りました。
 ラグビーは一人では勝てません。誰が偉いというわけではなく、どう周囲を活かし、活かされるかであると思います。
 会社でも、連携がどれだけ出来るかが、ちゃんとスクラムを組めるかだと思います。

大学生へのメッセージをお願いします―

 綺麗事よりも、周囲に気を使うことよりも今しか出来ないことをして下さい。
 若いうちしか感性を伸ばせないと思います。
 大学生活の4年間の自由を自分のための時間にしてもいいと思います。
 何故なら好きなことを追求し、それが許されるのは大学生活だけであると思うからです。





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